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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)97号 判決

東京都港区南青山2丁目1番1号

原告

本田技研工業株式会社

代表者代表取締役

川本信彦

訴訟代理人弁理士

鳥井清

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

田村敏朗

栗林敏彦

及川泰嘉

吉野日出夫

主文

1  特許庁が平成3年審判第12097号事件について平成6年3月1日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年10月26日、名称を「移動体の現在位置表示装置」とする発明(後に「車両の現在位置表示装置」と補正。以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和58年特許願第200166号。以下、「本件出願」という。)をしたが、平成3年4月10日に拒絶査定がなされたので、同年6月19日に査定不服の審判を請求し、平成3年審判第12097号事件として審理されるに至った。そして本願発明は、平成3年7月18日付け手続補正を経て、平成4年5月6日に特許出願公告(平成4年特許出願公告第26160号公報)がなされたが、パイオニア株式会社から特許異議の申立てがあり、平成6年3月1日、「特許異議の申立ては理由がある。」との決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年3月30日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

距離検出器(1)と、方向検出器(2)と、それら各検出器の出力信号を読み込んで車両の走行距離およびその進行方向を求めて、単位走行距離ごとの2次元座標上における車両の現在位置を所定の演算処理によって逐次算出し、その算出された各位置のデータを内部メモリに順次記憶する信号処理装置(3)と、地図情報が記憶されている地図情報記憶媒体(4)と、信号処理装置(3)の制御下において地図情報記憶媒体(4)から必要な地図情報を読み出す記憶媒体再生装置(5)と、必要な地図情報の読出し指令を信号処理装置(3)に与える操作装置(7)と、信号処理装置(3)の制御下において地図情報記憶媒体(4)から読み出された地図情報に応じて所定の地図を画面に表示するとともに、信号処理装置(3)の内部メモリに記憶された位置データにもとづいて、その地図上に車両の現在位置およびそれまでの走行軌跡を更新表示する表示装置(6)とによって構成された車両に搭載された車両の現在位置表示装置であって、地図情報記憶媒体(4)には地図に対応した種々の異なった内容の地図に係る文字またはマーク情報が記憶され、操作装置(7)からの読出し指令に応じて、信号処理装置(3)の制御下で記憶媒体再生装置(5)を介して、画面に表示される地図に対応した必要な文字またはマーク情報が選択的に読み出されて、画面に表示された地図上に所定の文字またはマークが表示されるようにしたことを特徴とする車両の現在位置表示装置(別紙図面A参照)

3  審決の理由の要点

(1)本願発明の要旨は、前項記載のとおりと認める。

(2)これに対し特許異議申立人は、本願発明は、本件出願前の昭和58年4月28日に特許出願され、本件出願後の昭和59年11月14日に特許出願公開(昭和59年特許出願公開第201199号公報)された昭和58年特許願第73938号の願書に最初に添付された明細書および図面(以下、「引用例」という。)に記載されている発明(以下、「引用発明」という。)と同一であるが、本願発明の発明者は引用発明の発明者と同一でなく、本件出願時において本件出願の出願人と引用発明の出願人とが同一でもないから、特許法29条の2第1項の規定により、特許を受けることができないと主張する。

(3)引用例の記載内容

引用例には、下記の8点を構成要件とする車両の走行案内装置が記載されていると認められる。

a [走行距離検出器1」と、

b 「進行方向検出器2」と、

c それら各検出器の出力信号を読み込んで車両の走行距離およびその進行方向を求めて、単位走行距離ごとの2次元座標上における車両の現在位置を所定の演算処理によって逐次算出し、その算出された位置のデータを内部メモリに記憶する「MPU3」と、

d 地図情報が記憶されている「情報記憶装置4」と、

e 「MPU3」の制御下において「情報記憶装置4」から必要な地図情報を読み出す装置と、

f 必要な地図情報の読出し指令を現在走行位置に基づいて与える手段と、

g 「MPU3」の制御下において「情報記憶装置4」から読み出された地図情報に応じて所定の地図を画面上に表示するとともに、「MPU3」の内部メモリに記憶された位置データに基づいて、その地図上に車両の現在位置を更新表示する「表示装置6」とによって構成される、車両に搭載される車両の「走行案内装置」であって、

h 「情報記憶装置4」には、地図に対応した種々の異なった内容の地図に係る文字またはマークが記憶され、「情報選択スイッチ7」からの「情報選択信号」に応じて、「MPU3」の制御下で「組合わせ回路53」を介して、画面に表示される地図に対応した必要な文字またはマーク情報が選択的に読み出されて、画面に表示された地図上に所定の文字またはマークが表示されるようにした、車両の「走行案内装置」(別紙図面B参照)

(4)本願発明と引用発明との対比

両発明を対比すると、引用発明の[走行距離検出器1」、「進行方向検出器2」、「MPU3」、「情報記憶装置4」、「情報記憶装置4」から必要な地図情報を読み出す装置および「組合わせ回路53」、「表示装置6」、「走行案内装置」は、それぞれ、本願発明の「距離検出器(1)」、「方向検出器(2)」、「信号処理装置(3)」、「地図情報記憶媒体(4)」、「記憶媒体再生装置(5)」、「表示装置(6)」、「現在位置表示装置」に相当する。

また、引用発明の「情報選択スイッチ7」および「情報選択信号」は、画面に表示される地図に対応した必要な文字またはマーク情報を選択するものである点において、本願発明の「操作装置(7)」および「読出し指令」と共通する。

したがって、本願発明と引用発明とは、次の点において一致し、下記の2点において一応相違する。

〈1〉 一致点

距離検出器と、方向検出器と、それら各検出器の出力信号を読み込んで車両の走行距離およびその進行方向を求めて、単位走行距離ごとの2次元座標上における車両の現在位置を所定の演算処理によって逐次算出し、その算出された各位置のデータを内部メモリに順次記憶する信号処理装置と、地図情報が記憶されている地図情報記憶媒体と、信号処理装置の制御下において地図情報記憶媒体から必要な地図情報を読み出す記憶媒体再生装置と、信号処理装置の制御下において地図情報記憶媒体から読み出された地図情報に応じて所定の地図を画面に表示するとともに、信号処理装置の内部メモリに記憶された位置データに基づいて、その地図上に車両の現在位置を更新表示する表示装置とによって構成された、車両に搭載される車両の現在位置表示装置であって、地図情報記憶媒体には地図に対応した種々の異なった内容の地図に係る文字またはマーク情報が記憶され、操作装置からの読出し指令に応じて、信号処理装置の制御下で記憶媒体再生装置を介して、画面に表示される地図に対応した必要な文字またはマーク情報が選択的に読み出されて、画面に表示された地図上に所定の文字またはマークが表示されるようにした、車両の現在位置表示装置

〈2〉 相違点

a 本願発明が、逐次算出された車両の各位置データを内部メモリに順次記憶し、地図上に車両のそれまでの走行軌跡を更新表示するのに対し、引用発明においては、走行軌跡を表示するか否か不明である点

b 本願発明が、操作装置(7)が、必要な地図情報の読出し指令を信号処理装置(3)に与える機能を有しているのに対し、引用発明においては、このような機能を有する操作装置が備わっているか否か不明である点

(5)判断

各相違点について検討するに、逐次算出された車両の各位置データを内部メモリに順次記憶し、地図上に車両のそれまでの走行軌跡を更新表示すること、および、必要な地図情報の読出し指令を信号処理装置に与えることは、いずれも当該技術分野における慣用手段であって、通常の車両の現在位置表示装置であれば当然に備わっているものである。

そして、このような慣用手段を明記するか否かは、この種の技術においては必要により適宜に行われているところであって、慣用手段の存否によって両者を別個の発明とはしないのが通例である。要するに、上記の各相違点は、本願発明は当該技術分野における慣用手段を備えていることを明記しているが、引用発明においてはこれが明記されていないことから生じたものにすぎず、実質上の相違点とはいえない。

なお、本願発明の発明者と引用発明の発明者は明らかに別人であり、かつ、本件出願時における本件出願の出願人と引用発明の出願人も明らかに別人である。

以上のとおりであるから、本願発明は、本件出願前に特許出願され、本件出願後に特許出願公開された引用発明と同一であり、かつ、本願発明の発明者が引用発明の発明者と同一であるとも、本件出願時における本件出願の出願人が引用発明の出願人と同一であるとも認められないので、特許法29条の2第1項の規定により、特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

引用例に審決認定の技術的事項が記載されていること、本願発明と引用発明が審決認定の一致点および相違点を有することは認めるが、審決は、引用発明の技術内容を誤認して各相違点の判断を誤った結果、本願発明は引用発明と同一であると誤って判断したものであるから、取り消されるべきである。

(1)相違点aの判断の誤り

審決は、引用例には走行軌跡を表示する構成が明記されていないが、引用発明は当然に当該構成を備えているものと判断している。

しかしながら、引用発明においては画面に表示された地図上に車両の走行軌跡を表示することは全く意図されておらず、したがって、そのための構成は全く備えられていないのである。

すなわち、引用例には、それぞれ検出された走行距離および進行方向に従ってMPU3が車両の現在位置を算出することは記載されているが(2頁左下欄4ないし9行)、算出された現在位置のデータをMPU3の内部メモリに記憶させ、連続的情報として保持しておくことは全く記載されておらず、示唆すらされていない。いうまでもなく車両の走行軌跡を表示することは引用発明出願当時における公知技術といえるが、通常の車両の現在位置表示装置であれば当然に備えられているということはできない。

この点について被告は、車両の現在位置表示装置において走行軌跡を表示することは引用発明の出願時における周知慣用技術であるところ、引用例には引用発明は走行時に必要な情報「等」を表示すると記載されているから、引用発明は当然に走行軌跡を表示するものと解されると主張する。

しかしながら、走行軌跡の表示は車両の現在位置表示装置にとって不可欠のものではないから、走行軌跡を表示することが周知慣用技術であるとの理由のみから、引用例にいう「走行時に必要な情報等」に、車両の走行軌跡が含まれると理解するのは失当である。すなわち、地図上に表示される情報として地名、パーキング、高速、GAS、サービス、料金が例示されているように(第2図)、引用例にいう「走行時に必要な情報等」は、地図上の特定の箇所に表示される固定的情報であって、走行軌跡のように変動的情報ではない。このことは、引用発明の実施例における情報記憶装置4として、読出し専用のROMも例示されていること(2頁左下欄12ないし14行)からも明らかである。

本願発明は、現在位置までの走行軌跡を表示することによって、必要な情報として地図上に選択的に表示されている目標物などに対する自車の位置確認を、視認性良く容易に行いうるという、引用発明では奏しえない作用効果が得られるものである。

(2)相違点bの判断の誤り

審決は、必要な地図情報の読出し指令を信号処理装置に与える構成が明記されていないが、引用発明は当然にそのような操作装置を備えているものと判断している。

しかしながら、引用発明においてはそのような機能を有する構成は不必要であり、したがって、操作装置は備えられていないことが明らかである。

すなわち、引用発明は、「MPU3は、現在走行位置を算出すると共に、現在走行位置に見合った道路地図及び道路網データ等を情報記憶装置4から入力する。」(2頁左下欄9ないし12行)、「MPU3は、この算出された現在走行位置に見合ったデータ(地図をも含めた表示に必要な情報)を情報記憶装置4から読み込む。」(3頁左上欄末行ないし右上欄3行)との記載から明らかなように、車輌の現在位置に対応する情報が自動的に読み出され、画面に表示される構成のものであって、画面に表示すべき情報を任意に選択する構成は全く意図されていない。いうまでもなく、必要な情報の読出し指令を信号処理装置に与えることは公知技術であるが、そのための構成が通常の車両の現在位置表示装置であれば当然に備えられているということはできない。

この点について被告は、引用発明は車輌の現在位置を知るために推測航法システムを採用している以上、その使用を始めるに当たって、車輌の現在位置を対応する地図に人為的に初期設定する必要があることを論拠として、引用発明は必要な情報の読出し指令を信号処理装置に与える構成を有していると主張する。

しかしながら、車輌の現在位置の初期設定には種々の手段があり、必要な情報の読出し指令を信号処理装置に与える操作装置による手段が唯一ではない(例えば、昭和58年特許出願公開第30615号公報、同年特許出願公開第178213号公報あるいは同年特許出願公開第70117号公報には、GPSなどの電波航法システムによって車輌の絶対位置を直接測定し、対応する地図に車両の現在位置を自動的に表示させる方法、あるいは、車輌の現在位置の座標データをキーボードにより入力することによって所要の地図を呼び出し、車両の現在位置を自動的に表示させる方法が記載されている。)。したがって、引用発明においても操作装置以外の手段を用いて初期設定を行うことが可能であり、引用発明が推測航法システムを採用していることから直ちに、引用発明が本願発明の構成を有していることにはならない。

本願発明は、情報を選択的に読み出し表示することができる操作装置を備えることによって、車両の現在位置が表示されている地図とは別の地図、あるいは、拡大または縮小された地図を呼び出すことができるばかりでなく、同一地図に表示される情報を制限して、地図が見にくくなることを防ぐという、引用発明では奏しえない作用効果が得られるものである。

第3  請求原因に対する認否および被告の主張

1  原告の主張1ないし3は認めるが、4は争う。審決の認定および判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

2  相違点aの判断について

車輌の現在位置表示装置の地図に、車輌の現在位置のみならずそれまでの走行軌跡を表示することは、引用発明の特許出願当時における周知慣用技術であり、技術常識となっていたものである。そして、引用例には、「本発明は車両の現在位置、道路地図及び走行時に必要な情報等を表示する走行案内装置に関する。」(1頁右下欄8、9行)と記載されており、「走行時に必要な情報等」の内容は引用発明の出願時点における技術常識に従って解釈すべきであるから、引用例に明記されていなくとも、引用発明は当然に走行軌跡を表示するものと理解しうるのであって、引用例にいう「走行時に必要な情報等」に走行軌跡が含まれないとする理由はない。

そして、車輌の現在位置表示装置に走行軌跡を表示することによって得られる本願発明の作用効果は、周知技術自体の作用効果にすぎない。

3  相違点bの判断について

引用発明は、車輌の現在位置を知るために推測航法システム(すなわち、距離センサおよび方位センサからの検出値を、初期設定位置に累計する演算処理を行って現在位置を知るシステム)を採用しているから、その使用を始めるに当たって、車輌の現在位置を、対応する地図に人為的に初期設定することが不可欠である。そうすると引用発明には、人為的な操作によって、所要の地図を呼び出し、これに車両の現在位置を正しく設定表示する構成が備えられていなければならず、かつ、そのための構成は、引用発明の出願時における周知慣用技術である(例えば、昭和57年特許出願公開第201808号公報)。したがって、引用例に特に記載されていなくとも、引用発明は当然に必要な地図情報の読出し指令を信号処理装置に与える構成を有しているものと理解すべきである。

そして、必要な地図情報の読出し指令を信号処理装置に与える構成によって得られる本願発明の作用効果は、周知技術自体の作用効果にすぎない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)および3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いない甲第4号証(平成4年特許出願公告第26160号公報)および第5号証(平成5年4月16日付け手続補正書)によれば、本願明細書には本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が下記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)技術的課題(目的)

本願発明は、自動車など車両の現在位置、移動軌跡、進行方向などの状態を地図上に表示させる装置に関する(公報2欄1ないし3行)。

この種の装置は、地図を画素単位で記録媒体に記憶させておき、走行予定地域の地図を記録媒体から続み出して画面に表示させるものであるが(同2欄5ないし9行)、地図情報を同一のプレーン上で記憶媒体に格納し、これをそのまま画面に表示させるため、読み出される情報が固定されており、表示される情報の設定ないし変更を行うことができない(同2欄14ないし19行)。のみならず、表示装置の分解能によって同一地図における情報量が制限されるため、多くの情報を表示することができず、特に漢字は表示が大きくなり、他の情報と重なってしまうので、画面に表示される地図が見にくいものになる(同2欄20行ないし3欄8行)。

本願発明の技術的課題(目的)は、道路などのパターンからなる地図上に、必要かつ十分な文字またはマークのみを選択的に表示させることによって、車両の現在位置の把握を的確に行いうる装置を提供することである(同3欄11ないし17行)。

(2)構成

上記の技術的課題(目的)を解決するために、本願発明は、その要旨とする特許請求の範囲記載の構成を採用したものであって(手続補正書4枚目2行ないし5枚目末行)、要するに、種々の文字またはマーク情報(地名、目標物など)を記憶媒体に記憶させておき、操作装置からの指令によって、必要な情報のみを選択的に読み出し、これを画面に表示されている地図上に表示させるようにしたものである(同2枚目9ないし17行)。

別紙図面Aはその1実施例を示すものであって、第1図はブロック構成図(1は距離検出器、2は方向検出器、3は信号処理装置、4は地図情報記憶媒体、5は記憶媒体再生装置、6は表示装置、7は操作装置)、第2図は表示装置の画面の例、第3図は選択表示される情報の例、第4、5図は操作装置において情報の選択を行うためのスイッチの例、第6図は1画面分の情報構成の例、第7図は文字列の表示位置設定手段の例をそれぞれ示す図である(公報8欄41行ないし10欄2行)。

(3)作用効果

本願発明は、その要旨とする構成を採用したことによって、必要かつ十分な情報をもって表示されている地図上に、車両の現在位置およびそれまでの走行軌跡を表示させ、目標物などに対する車両の位置確認を視認性よく的確に行うことができる利点を有する(手続補正書2枚目18行ないし3枚目末行)。

2  引用発明の技術内容が審決認定のとおりであって、本願発明と引用発明が審決認定の一致点および相違点を有することは、当事者間に争いがない。

3  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討するに、原告はまず、相違点aに係る審決の認定判断は誤りであると主張する。

成立に争いない甲第6号証によれば、引用例には、「本発明は車両の現在位置、道路地図及び走行時に必要な情報等を表示する」(1頁右下欄8、9行)、「本発明は(中略)車輌の現在位置情報とともに表示される道路地図情報及びその他運転に必要な情報のうち任意に選択された情報だけを表示する」(2頁右上欄8ないし15行)、「MPU3は(中略)現在走行位置に見合った道路地図及び道路網データ等を情報記憶装置4から入力する。」(2頁左下欄9ないし12行)、「MPU3は(中略)表示装置6の画面上に道路地図と道路地図上の正確な現在走行位置と道路網データ等を表示する。」(2頁左下欄16行ないし右下欄初行)、「情報選択スイッチ7は(中略)リモートコントール用キーボード71であっても良い。(中略)第2図のリモートコントロール用キーボード71は、選択しうる情報を表示する複数個のキー72~77を有しており」(2頁右下欄15ないし17行)、「MPU3は、この算出された現在走行位置に見合ったデータ(地図をも含めた表示に必要な情報)を情報記憶装置4から読み込む。」(3頁左上欄末行ないし右上欄3行)と記載され、第2図には地名、パーキング、高速、GAS、サービスおよび料金のキーが図示されていることが認められる。

上記認定事実によれば、引用例には、現在走行位置を算出して表示することが記載されているにとどまり、前掲甲第6号証を検討しても、引用例には、車輌の現在位置までの走行軌跡を表示装置に表示することは全く記載されていないし、その示唆すら存しない。

この点について被告は、車輌の現在位置表示装置において現在位置までの走行軌跡を表示することは引用発明の出願当時における周知慣用技術であるから、引用例に明記されていなくとも、引用発明はそのような構成を備えていると理解しうると主張する。確かに、成立に争いない乙第1ないし第3号証(審決が援用する昭和52年特許出願公開第141662号公報、昭和57年特許出願公開第206818号公報、昭和58年特許出願公開第150815号公報)などによれば、車両の現在位置表示装置における走行軌跡の表示は、引用発明の出願当時において既に周知技術であったと認められるが、走行軌跡の表示は車輌の現在位置表示装置に必要不可欠のものではないから、いかに周知技術であるとしても、そのことを理由に走行軌跡を表示する構成が引用発明に採用されているとすることはできない。

この点について被告はさらに、引用例には引用発明が走行時に必要な情報「等」を表示するものであることが記載されている以上、これに周知慣用技術である車両の現在位置までの走行軌跡の表示が含まれないとする理由はないと主張する。しかしながら引用例は、上記のとおり、選択しうる情報として地名、パーキングエリア、ガソリンスタンド、サービスエリアの各位置あるいは高速道路料金など、特定の箇所に表示されるべき固定的情報のみを例示しており、走行軌跡のような変動的情報を表示することについては何らの記載も示唆も存しないのであるから、引用例にいう「走行時に必要な情報」に車輌の現在位置までの走行軌跡が含まれると理解することできない。

以上のとおりであるから、引用発明が車輌の現在位置までの走行軌跡を表示する構成を備えているとした審決の認定は誤りといわざるをえない。そして、本願発明は、上記1(3)認定のとおり、車輌の現在位置までの走行軌跡を表示する構成を採用することによって、目標物などに対する車両の位置確認を迅速かつ的確に行いうるという、引用発明では奏しえない顕著な作用効果を奏するものと認められるから、本願発明と引用発明の相違点aは実質的な相違点ではないとした審決の判断は誤りであり、これが本願発明は引用発明と同一であるとした審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

4  よって、本件審判の請求は成り立たないとした審決は、その余の取消事由について検討するまでもなく、違法として取消しを免れないので、原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 関野杜滋子)

図面の簡単な説明

第1図は本発明による東両の現在位置表示装置の一実施例を示すブロツク構成図、第2図は同実施例の表示装置における表示画面の一例を示す図、第3図a~dは選択表示される地図に係る各種キャラクタ情報の内容をそれぞれ示す図、第4図は操作装置上における各種キャラクタ情報の表示選択を行なわせるためのスイツチ手段の一例を示す図、第5図はスイツチ手段の他の例を示す図、第6図は一画面分の地図情報におけるデータ構成の一例を示す図、第7図は文字列の表示位置の設定手段の一例を示す図、第8図は本発明の具体的な回路構成例を示すブロツク図である。

1……距離検出器、2……方向検出器、3……信号処理装置、4……地図情報記憶媒体、5……記憶媒体再生装置、6……表示装置、7……操作装置、8……前、後進検出器、31……メインCPU、32……タイミングおよびアドレスコントロール回路、33……制御用ROM、34……RAM、35……ビデオ用RAM、36……パラレル入出力および割込みコントロール回路、37……ADコンバータ、38……スイツチエンコード用CPU。

第1図

〈省略〉

第2図

〈省略〉

第3図

〈省略〉

第4図

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第5図

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第7図

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第8図

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図面の簡単な説明

第1図は、本発明の走行案内装置の全体構成図、第2図は、情報選択スイッチの他の一例を示す図、第3図は、第1図に示す走行案内装置の詳細な図 構成を示すプロツク図、第4図は、第3図になける組合せ回路の詳細を示す回路図、第5図は、本発明の走行案内装置の動作を説明するための表示図面を示す図、第6図は、情報選択スイツチのさらに他の一例であるバネルスイツチを示す図、第7図は、バネルスイツチの構成を示す図、第8図は、第6図の入力操作を示すためのバネル表示される画面を示す図、

1…走行距離検出装置、2…進行方向検出装置、3…MPU、4…記憶装置、5…表示情報選択装置、6…表示装置、7…情報選択スイツチ.

第1図

〈省略〉

第2図

〈省略〉

第3図

〈省略〉

第4図

〈省略〉

第5図

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第6図

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第7図

〈省略〉

第8図

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